既に短歌の夏のネプリやPDF版などでご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、改めて「短歌の夏」の特選作品の発表です。特選及び次選に輝いた作者さんは、次号「短歌の秋」の誌面で連作を掲載させていただく予定です。
■toron*選
【特選】
お父さん、お父さんって呼ぶきみの指の向こうのあれが海だよ/哲々
はじめて海を見た子が、海を指さしながらお父さんを呼んでいる…という、微笑ましい景として当初は読んでいたのですが、じんわりとした怖さというか不思議な味わいが読むほどに出てくる歌でした。「きみ」の感情が描かれていないため、二度も呼びかける「お父さん」に切迫したものを感じるからでしょうか。その一方で穏やかな「お父さん」には物理的・心理的距離があるような気もします。その海やお父さんはもしかするとこの世のものではないのかもしれません。そのような読みができるのは「指を差す」ではなく「指の向こう」とする、情報の出し方が巧みだからだと思います。寺山修司の「海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手を広げていたり」の短歌も、なぜ両手を広げているのかで、読みが分かれると言われていますが、この歌も一読して良い歌でありながら、とてもひろい奥行きがあります。
【次点】
八月の雨はぬるくてゆうれいになれば火傷をしてしまいそう/早月くら
「ゆうれいになれば」「火傷をしてしまいそう」という、主体の独自の感覚に惹かれて選びました。八月はお盆や終戦記念日もあり、死者たちを想起しやすい季節です。主体はゆうれいになって、八月にまたこの世に戻って来ることへの忌避感がありますが、その前にあるはずの「死」への恐怖は素通りしています。思考の飛躍は独特ですが、しかしわたしたちが「死にたくない」のは、確固たる理由というよりそういう漠然とした忌避感であって、この歌はその本質を上手に掬い上げていると感じました。
【次点】
「あの夏」と言う時ぼくらの魂は松阪市民球場にいる/久保ハジメ
甲子園の予選を敗退した「あの夏」として読みました。具体としての「松阪市民球場」が良いですし、「魂」も非常に効いていますね。「魂」とすることで、それ以上の描写がなくとも「あの夏」以降の彼らの人生の、そして情熱の希薄さが感じられます。甲子園まで行って敗れた球児たちは甲子園球場に魂を置いて来ることができますが「ぼくら」はそれすら叶わなかった。松阪市民球場は「ぼくら」の青春でもありながら、墓標でもあるのでしょう。
■深水英一郎選
短歌の夏呼びかけ人の深水より「特選」を選ばせていただきました。toron*さんの選評はネプリや書籍版に掲載させていただきましたが、深水選は、ネットのみとなります。
【特選】
冒険の帰りだろうか?少年は高速バスで満足そうに/新妻ネトラ
季節をはっきり示す言葉はありませんが、夏らしい、成長のうたです。「冒険」という言葉がRPGを彷彿とさせますね。自分の経験を踏み越えていくことを「冒険」とするなら、そのハードルは大人になればなるほど上がっていきます。この作品のなかの少年は、わたしたちからしたら日常ともいえる、高速バスでの旅にこの夏休みでかけたのでしょう。少年からすればあらゆることが新鮮で「冒険」に挑むような気持ちで真剣に頭を働かせながらひとつひとつをクリアして、この帰りのバスまでたどり着いたのだと思います。RPGで大きな経験を積んだときに一気に数レベルアップするかのようなことが今、少年の中で起きている。そのことに気づいて見守っている主体。その主体のやさしいまなざしが好きです。そして、この夏、あなたは自分をレベルアップさせるような冒険はできたんですかと問われているような。ハッとさせられます。
■佳作
toron*さんに別途「アンソロジー選」と、「スペース選」を選んでいただきました。アンソロジーは、ネプリ・書籍版で発表。スペース選はXスペース(9/17配信)での発表となります。ここでは、アンソロジー選7首を発表させていただきます。スペース選は、スペースでの発表をおたのしみに!
【アンソロジー選7首】
もう君のものでもいいよ 眠る子が夏の木陰を離さずにいる/梅鶏
くしゃくしゃに噛まれたストローまだきみはぼくの知らない夏を見ている/藤井
八月をクローゼットで消化した夏服たちが埋める教室/小宮まりん
「涼しいね」と話しかければ「暑いよ」と答える きみは手を繋いだまま/真嶋 澄
そらに咲く夏の花火よ声が好きで人間としてすきだったひと/佐々木ゆか
虫かごは終身刑に用いられ正しい夏の形をしてた/みよおぶ
ぼろぼろとこぼれるブラックモンブラン少年よまだ大人になるな/北町南風