「連作」部門、蒼井杏さんの選評原稿を預かりましたので、発表いたします。
こんにちは。初めまして。蒼井杏です。
このたびは連作部門の選評という素敵な機会をいただきありがとうございます!
たくさんの短歌との出会いにどきどきわくわくしながら読ませていただきました。
拙いですが、お付き合いくださいましたら嬉しいです。
まず、どきっと気になった三作品を。
■Tsugumiさん「【女の性《さが》は彷徨えり】」
【女の性《さが》は彷徨えり】 Tsugumi 彷徨えるアラサー女 部屋に居り ただそれだけが宇宙のすべて 零れ出る声を花だと云うのなら元彼に聞かせたのは造花 粛々と竹輪に胡瓜を詰めている満たされることなき今の我 イケメンに持ち帰られて食べられる 来世はすき家の牛丼になる ぬるま湯が憎いよ、彼の体表をシャワーとなりて滑れるなんて 目に留まる『0.03ミリ』の文字 なんだ絆創膏の箱かよ ヴェスパーはネオン街でも見えました ひとり生きてく歩き続ける 造花すら咲かない庭もまた良しと日々を愛でよう、さあ米を炊こう
四首目の「すき家の牛丼になる」の具体、そして五首目の「彼の体表」というフレーズのチョイス、六首目の「なんだ絆創膏の箱かよ」の絶妙(書かれていないのになんのことだか想像ができてしまう)、これらの歌にドキッと胸をつかまれました。
やるせない思いに少しの毒を込めてさらっと歌いつつ、最後の歌の「さあ米を炊こう」のしたたかな健やかさにすくわれます。
続いて、タイトルにもドキリと惹かれた連作を。
■マノチハルさん「私の春はピンク色をしていない(けど、)」
私の春はピンク色をしていない(けど、) マノチハル そのうちにあたたかくなる大丈夫 だって私の生まれた日だし あんなにも聴いてた歌がラジオ越し「元気?」といって肩をたたいた バス停に光の粒が舞っていて いつもの朝に人見知りして 遅れてもちゃんと行くのがポリシーで駆け出していく起き抜けの春 1回もつむじがキュッとならない日 声もかけずに発った北風 チューハイもさくらフラぺも飲まないでそれでもやってゆきます春を
三首目の、「いつもの朝に人見知りして」のフレーズが好き。
五首目の「つむじがキュッとならない日」というフレーズも独特で、初めて聞いたけれど、なんとなく想像がつくようなリアルな温度がある気がしました。
言葉のセンスがある方だなあと。
続きましてのどきり作品を。
■汐留ライスさん「脳髄リゾート」
脳髄リゾート 汐留ライス 目隠しでファンタを飲めば何味か脳をだましてリゾート日和 意識だけ海の向こうへ飛ばしたらどこでも行けるドアがなくても 砂浜にパスタソースをぶちまけてなぜ開けたのかも思い出せない カニカマはカニではないし今見てる景色もきっとビーチではない 少しずつ歪みはじめる認識が頭の奥で悲鳴をあげる 潮風は腐臭を帯びてぬるぬると皮膚に張りつく鱗のように ラジオから知らない軍歌いさましく脚立を倒せ紅茶をこぼせ 現実が鳴らすアラーム止まらないそして景色はブラックアウト リゾートも終われば元の日常で甘くて苦いファンタグレープ
一首目の歌にうなずきつつ。ファンタを「目隠しで飲む」状況が本当に「リゾート」だなあと。
あっけらかんと楽しいだけではない、どこかなげやりで退廃的なリゾートの日々が思われました。七首目の「軍歌」と「脚立」「紅茶」の取り合わせも面白く、唐突なようでいてリアルな手触りがありました。
その他、ドキッとしたり、センスを感じたり、好きだなと思った歌たちを。
■白雨冬子さん「しおり」
「しおり」白雨冬子より、二首目を。
水はじく雪平鍋の表面が面白くなる眠れてなくて
「水はじく雪平鍋の表面」というフレーズの着目が、本当に面白いな、と、思いました。
■睡密堂さん「さくら九相図」
「さくら九相図」睡密堂(すいみつどう)より、五首目。
幽玄の夜の桜ははらはらと鱗を落とす人魚みたいに
桜と人魚の取り合わせが神秘的で好きでした。
■ツキミサキさん「かけていく」
『かけていく』ツキミサキより、一首目。
かけられた言葉はなぜか右肩に積み重なって東京タワー
言葉が右肩に積み重なる、というのがなぜなのか、不思議で面白いと感じました。すべての歌に「かける」という発想があり、作者のチャレンジ精神がうかがえます。
■まちのあきさん「チャイラテの味」
『チャイラテの味』まちのあき より、三首目。
ゆるやかな灰の沈んだ曇天に輝度を増しゆく「既読」の文字は
おそらくLINEの、「既読」がついてから返信が返ってくるまでの、あの時間。「祈り」という言葉はないけれど、祈るような気持ちが伝わってきました。
■畳川鷺々さん「白痴」
「白痴」畳川鷺々より、七首目。
不老不死だと信じてた恋人の、あ、元恋人のキューティクル死す
「恋人」を、「元恋人」だと、きまじめに直すところが逆にとぼけていて好きな歌。口語が活き活きと感じられました。
■水川怜さん「空の飴色」
「空の飴色」水川怜より、五首目。
まだここにいていいですか?座布団がやたらと尻に馴染んでしまって
なんだろう、座布団と尻、という取り合わせが、きれいごとじゃない、作者の血の通った思いを垣間見た気がして、読み応えのある歌でした。
■杏さん「春の洞窟」
「春の洞窟」杏より、五首目。
冷蔵の一番上で最大に甘さを増したコンビニプリン
自宅の冷蔵庫の一番上の棚なのでしょうか? 扉を開けるまで暗闇に包まれた最上階での「コンビニプリン」のフレーズの現代感が、ほどよく甘さをひきしめていると思いました。
みなさまの素敵な連作にときめきながらの楽しいひとときを、本当にありがとうございました!
(選評:蒼井杏)