[この記事は短歌コミュニティ「短歌技研」に参加いただいている田幸樹枝さんに執筆いただいたものです]
赤ちゃんが「ぶーぶ」とか「くっく」などとしゃべっていると思わずにっこりしてしまいますよね。わたしたちが赤ちゃん言葉の喃語(なんご)だったころから、オノマトペは身近なかわいらしい喋り言葉のひとつです。オノマトペって、いつごろから使われていたんだろう? 赤ちゃんのころから? 不思議ですよね。偉人のオノマトペをひも解いてみると、驚くようなオノマトペの発明家がいるんですよ。
まっくろけの猫が二疋、 なやましいよるの家根のうへで、 ぴんとたてた尻尾のさきから、 糸のやうなみかづきがかすんでゐる。 『おわあ、こんばんは』 『おわあ、こんばんは』 『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』 『おわああ、ここの家の主人は病気です』 /萩原朔太郎『猫』 大蛍ゆらりゆらりと通りけり うまさうな雪がふうはりふはりかな /小林一茶 によつぽりと秋の空なる富士の山 /上島鬼貫 君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ /北原白秋
偉人の詩にも、古くから独創的な表現で使われてきたオノマトペ。どうやら、耳で聞いた音を言語化するときの詩人たちの高等な遊びのようです。日本語にはことばの音感を愉しむ文化があるようですね。楽しくなってきました。たとえば古くは、古事記のなかにも日本最古のオノマトペを見つけることができますし、万葉集や古今和歌集にもオノマトペの歌が登場します。
烏とふ大をそ鳥(おおおそどり)の麻佐侵(まさで)にも来まさぬ君を児ろ来(ころく)とそ鳴く /万葉集3521 (カラスと云う軽率な鳥は、ほんとうはいらっしゃらないあなたが「ころく(来るよ?)」と鳴いている) 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ /穂村弘
万葉集と現代短歌を並べてみましたが、なにか共通している気がしませんか? 直接的に云うことをしないでオノマトペで言葉を伝え合うのも、恋の歌のムードかも知れませんね。
蛇に呑まれし鼠は蛇になりたれば夕べうつとり空を見てゐる /馬場あき子
激しい生存競争の情景がうっとりに集約されていく残酷さを孕みながらも、オノマトペの力が魅力になっています。
サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝(な)を愛する理由はいらず /佐佐木幸綱
セロリを噛む音がサキサキと聴こえるんですね。朝の食卓でしょう?
ぽぽぽぽと秋の雲浮き子供らはどこか遠くへ遊びに行けり /河野裕子
秋の空に、イワシ雲やヒツジ雲が見られますが、ぽぽぽぽ雲もかわいらしいです。
現代の文語体短歌のなかにも、オノマトペが生きた歌があり、文語の堅さとは対照的に音でもイメージが膨らんできます。
また、オノマトペの歌が口語体の現代歌人の代表的な歌になっていることもあります。
えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい ふわふわを、つかんだことのかなしみのあれはおそらくしあわせでした /笹井宏之 よれよれにジャケットがなるジャケットでジャケットでしないことをするから /永井 祐
ひらがなの他愛のない無邪気なオノマトペが音と戯れながら、ことばの意味を越えて音感となり歌の魅力を膨らませているようですよね。
ここまでなんとなく、男性歌を多く挙げてきましたが、実は最近気づいてしまったのですが、オノマトペは女子的な「かわいい」要素を多分に含んでいると思いませんか? A短歌会のスペース内でも、女子の可愛らしいオノマトペ短歌がたくさん詠まれていましたよ。癒されるなあ。
かわいいオノマトペは、検索するとたくさん出てくるのですが、ここにも少し挙げてみました。
ごろごろ(ねっころがる)
こくこく(うなずく)
むずむず(じってしていられない)
ぞぞぞ(ぞくぞくする)
ちくちく(お腹が痛い)
ささっと(さっさとする)
くすくす(笑う)
がっちし(しっかりしている)
もふもふ(な動物)
……
ありふれたオノマトペから、独創的なオノマトペまで、オノマトペを見ているだけでもニヤニヤしてきます。オノマトペの語源は日本語ではなく、古代ギリシャ語の「オノマトペイア」と云うことで、オノマトペは日本だけでなく世界を見れば、イギリスにはマザーグースがありますし、また世界でオノマトペを一番使うのは韓国と云う話もありますし。……そちらの話は、また別の機会にしましょうか。
さてさて、A短歌会でみんなでオノマトペの歌を詠んで以来、「オノマトペがかわいい」とわたしは思っているのですが、みなさんはいかがでしょうか? いつか、オノマトペ祭をやってもらいたい(希望)です。
追記:先日、短歌マガジンの#毎日お題で、「オノマトペを使って」回がありました。X上に展開したオノマトペ群をこちらからもお楽しみいただけます。
#オノマトペを使って短歌をうたう - 検索 / X (twitter.com)
参考:Xアカウント
北原白秋bot(@Hakusyu_bot)さん / X (twitter.com)
宮沢賢治bot(@kenji_sakuhin)さん / X (twitter.com)
小林一茶 名句bot(@issa_haiku_good)さん / X (twitter.com)
河野裕子bot(@kawano_yuko_bot)さん / X (twitter.com)
馬場あき子bot(@bot55941991)さん / X (twitter.com)
穂村弘の短歌bot(@homura_hiroshi)さん / X (twitter.com)
笹井宏之(筒井宏之)bot(@sasaibot)さん / X (twitter.com)
永井祐(@nagaiyu02)さん / X (twitter.com)
【文・田幸樹枝】
※この記事を書くにあたって、春永睦月さんとの短歌技術研究空間でのやりとりを参考にさせていただきました