#映画短歌空間 「ポトフ 美食家と料理人」短歌レビュー/はゆき咲くら(ネタバレあり)
第76回カンヌ国際映画祭にて最優秀監督賞受賞。そして第96回アカデミー賞では国際長編映画賞フランス代表に選ばれた映画『ポトフ 美食家と料理人』を短歌を交えながらレビューします
映画をみて短歌を詠む「映画短歌空間」。今回は歌人のはゆき咲くらさんに映画『ポトフ 美食家と料理人』の試写をみていただき、短歌を詠んでもらいました。
なお、本レビューは一部ネタバレを含むため、映画鑑賞後ご覧になることをおすすめします。
ドダンとウージェニー、二人は食に恋した芸術家
通常の撮影では偽物を使うそうですが、この映画に出てくる料理はすべて本物。料理を監修したピエール・ガニュールがちらっと登場したシーンもシュールで楽しめます。これから映画を観に行かれるなら、序盤のフランス片田舎の庭畑から始まる朝を確かめてください。鳥のさえずり、牛の鳴き声、教会の鐘なども。次に舞台は映画の中心となる一流レストランにも勝る調理場へ。お肉がジュージュー焼ける音や、水を汲む音、スプーンやお皿に至るまで、調理の音を感じてください。あらゆる感覚が刺激される映画です。ただしそれらはすべて、美食家ドダンとドダンのレシピを見事に再現する唯一の料理人ウージェニーから、「愛とは、芸術とは、人生とは何か」を知るための余興かもしれません。ドダンとウージェニーの会話はウイットに富んでいてお皿の上での創造力を掻き立てていきます。二人は食に恋しつづけた芸術家なのでしょう。
結婚とはデザートから始まるディナーだ。絵画『ヴィーナスの誕生』
思うに、物語は結婚というカタチで二つの人生に幕を閉じ、再び一つの人生として幕を開けるようでした。「数年後、あの子は新しい料理を生み出す」とウージェニーが強く推した絶対味覚の持ち主ポーリーヌは、いずれドダンに新しいレシピを吹き込むのでしょう。映画の中でとくに印象的だったのは、病に倒れたウージェニーのためにドダンが人生で初めて腕を振るったシーンと渾身のデザート皿。のちにウージェニーの寝室を訪ねたシーンとお皿が重なりますが、花をちりばめたウージェニーをモチーフとした洋梨は優雅に寝ころんでいて、絵画『ヴィーナスの誕生』 そのものです。私も作ってみたい料理、いや、創られたい。
この映画は、監督と一冊の本との出会いが始まり
ガストロノミーという芸術をご存じでしょうか。 本作はガストロノミーについて映画を撮りたいと思っていた監督トラン・アン・ユンと一冊の本との出会いが始まりだそう。短歌マガジンをご覧の皆さんは文学に造詣が深い方々が多くいらっしゃるので、やはり大切な一冊の本をお持ちではないかと思います。監督はガストロノミーについて以下のように語っています。
「ガストロノミーは、ほかの芸術とは異なる感覚、つまり味覚に焦点を当てている。ガストロノミーのアーティストたちは、私たち一般人がはっきりと区別できない味をも餞別できる。さらに、それを混ぜ合わせ、吟味し、香り、質感、濃度のバランスを測るんだ。私はそんな彼らに魅せられた」
この映画は、劇伴(背景の音)がなく、照明は自然光、調理はワンカット撮影
そのためか、この映画には劇伴(背景音)がなく、照明は自然光をメインに、調理はすべてワンカット撮影されています。それでは素朴でつまらない映画かというとその逆で、複数の色合いと音とが鮮明にスクリーンに映し出されるたびに、手で仰ぐようにして臭いを感じて嗅ぎたくなるのです。この映画は、まさにガストロノミーの芸術そのものです。ご堪能あれ。
ドダンが迎えた人生の秋(映画後半のシーン和訳引用)
黄金の秋は、自分を見つめなおす季節 美食の季節でもある
秋のバラはほかのどんなバラよりも美しい
秋はブドウの収穫 新鮮な風 ジビエ 陽気な人々
栗 アーティチョーク ブドウ 梨
ウズラ 渡り鳥 旅立つクイナ モリバト ヤマシギ カモが
飛来して我々の食欲を誘う
海は暑い夏から解放されノルマンディーではリンゴが収穫される
おかげでリンゴがデザートを彩る
我々は秋になると よりおいしく より楽しく 食卓を囲む
カモやガンは南へ移動 無邪気な夏から堅実な冬へ移る季節が秋だ
秋に結婚して 冬の喜びを享受しよう
-短歌七連作「ウージェニーへドダンより/はゆき咲くら」-
寝室も君の香りで目覚めてる 朝のエプロン 君のほほえみ
ウージェニー 君の意見を聞かせてよ 怖くはないわ リスク 大胆
ドダン、いつでもノックしていいのよ ほんとうは ここにあなたが 来るようで
貝殻がヴィーナスにする 君のまま 僕の思いを受け取ってくれ
ウージェニー 君を失い どうしたら いい どうしたら なにもない ない
君じゃなきゃ僕のレシピは ダメなのに 知らない店のレシピが浮かぶ
究極のポトフをつくり捧げよう 出かけてくるよ 僕も元気だ
【文・はゆき咲くら】
映画公式サイト『ポトフ 美食家と料理人』
■『ポトフ 美食家と料理人』公開日・公開情報
12/15(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
■筆者プロフィール
仕事は占いとスピリチュアル。仕事も趣味もそれだけだったある日、ふと目にした短歌に恋をする。短歌に心奪われて以来、祈り、花を愛でる、一日一短歌。A短歌会に参加しています。