田中翠香さん選評
人間選者、田中翠香さんからの発表はTwitterでおこなわれました。
自由詠部門
首席 父のその父はとおくの海にいてここには空の壺だけ眠る 佐竹紫円
先の戦争で船とともに沈んだ祖父の景と詠んだ。祖父ではなく、父の父という情感がこもった語の選択が印象的だが、その骨はここにはなく、海の底で眠り続けているという哀しみが滲み出た表現が印象深い。
次席 別れ際あなたがくれた巻き貝の奏でる音であの日へ飛べる ひなとと
巻き貝というアイテムを媒介として、かつてあなたと訪れた海の広大さと美しさ、そしてそれから今に至るまでに積み重ねられた壮大なドラマが感じられ、そこが非常によかった。繊細な恋の歌だ。
次席 修理して使い続けた心だし、死ぬまでなんとかわたしでいたい きいろ
生のしんどさと苦しさが切実。すでに何度も修理された跡が残る心であろうが、その心を捨てて新しい心に入れ替えるのではなく、今の心のままでこれからも生きていきたいという覚悟と誇りが胸に迫る。
テーマ詠部門
首席 「よく知らんけど蚊の始祖は…」ひろ君は知らないくせに全てを語る 涸れ井戸
一首の外側に広がる世界の広さがいい。語りたがりの人物が語ろうとする対象が、蚊の始祖というチョイスなのも魅力的。適当な語りをどこか楽しみにしていそうな主体の姿も浮かんでくる。
次席 しやうが湯にこゑあたたかし水無月の夜にあなたを詰りてゐたり Tankalife
しょうが湯と夏のとり合わせが絶妙。一見温かな情景の裏にあるどろっとした闇。自分が詰られる側に立った歌は少なくないが、詰る側に立っている点にも注目。ふたりの関係性の丁寧な描写が光る。
次席 傍らに生きているぞと鼾《いびき》かき唸り声まであなたは豊か 新井きわ
いびきを通して生に注目した点が見事。感情ではなく豊か、という結語にした点もいい。美しい情景ではなく日常生活の中のひとコマのような景であるからこそ、より情感の豊饒さが伝わってくる。
もくめさん選評
人間選者もくめさんによる選評です。関連Twitterスペースのアーカイブはこちら「AI歌壇もくめ選評スペース」
自由詠部門
●特選 ご先祖を図にしてみれば漏斗のよう 私ひとりに注がれる愛/吉田冬扇
●次席 完全一致検索すり抜ける、異国の諺みたいに生きる/幾何光
●次席 お互いの晴れ間を交換するように少女らは好きな本を見せ合う/梅鶏
Twitterスペースでの紹介(佳作)
修理して使い続けた心だし、死ぬまでなんとかわたしでいたい/きいろ
一瞬を一年間に伸ばすような線香花火つるませてみる/藤野ゆくえ
「助けて」を言える自分でよかったと潰れたサンドウィッチをなでる/岡乃あや
テーマ詠「声」
特選
声高に叫ぶではなく声殺し囁く人を母に持ちおり/新井きわ
次席
どこからかご飯が炊けたと声がする 声ではなくて音なんだろう/泰源
次席
もし空に鳴き声があるならそれはしかたないほど美しいだろう/藤野ゆくえ
次席
愚痴を吐く分だけ心は軽くなる声とは生き抜くための入れ物/猫背の犬
Twitterスペースにて紹介(佳作)
修正液が乾くのを待つひとときに声だけおもひだしてゐるひと/秋月祐一
AI選評
自由詠部門
首席
心音は電話越しには聴こえないはやく会いたい耳をあてたい/藤野ゆくえ
次席
死にたいと思った夜をやり過ごす方法 きみを思い出すこと/白藤あめ
次席
お互いの晴れ間を交換するように少女らは好きな本を見せ合う/梅鶏
テーマ詠部門「声」
首席
字のかけぬ少女は瓶に声を詰め弔うように海へと流す/柚野晴雨
次席
もし空に鳴き声があるならそれはしかたないほど美しいだろう/藤野ゆくえ
次席
終わりではなくはじまりだと歌う声 山の端に沈む夕陽はやさしい/碧乃そら
深水英一郎選評
自由詠部門
首席
かなしみの溶けた海にも一頭の鯨は泳ぐ果てをめざして/一ノ瀬美郷
次席
あなたへの募る想いは未送信フォルダの中で膨らんでゆく/死んでるみたいに生きてる子
次席
お日さまのにほひの名残りもう親に会ふことのない猫のふみふみ/高田月光
テーマ詠部門「声」
首席
舌さきが半歩進んで歯の裏で調音されるきみのイニシャル/ef
次席
ここはどこ 黒き眼で父を見る 声なき声は保育器の中/鉄人28ミリ
次席
真夏日はラムネの声がこだまする耳の後ろがくすぐったいね/淡島けのび
以上です